2017年6月17日に放送される「NHKスペシャル」
カンボジアPKOで殉職した文民警察官について、放送されますね。
今回の放送はアンコール放送ということで、
番組の評判がとても良かったんでしょうね!
ということで今回は、
文民警察官の方の名前や経歴、妻や家族
について気になったので、
さっそく調べてみました。
カンボジアPKOで殉職した警察官とは?
高田晴行さんのプロフィール
名前 :高田晴行さん(カンボジアに派遣されていた当時の年齢は33歳)
出身地 :岡山県倉敷市
職業 :警察官
大学 :専修大学
カンボジアPKOで殉職した警察官の名前は「高田晴行」さんという方です。
お名前は「たかだ」ではなく「たかた」と読みます。
高田晴行さんの出身地は岡山県倉敷市。
倉敷市は、岡山県の南部に位置します。
次は高田晴行さんの経歴を見ていきましょう。
カンボジアPKOで殉職した警察官高田晴行さんの経歴は?
高田警部補は1982年専修大卒、同年4月岡山県警入り。
岡山東署、井原署で勤務。
機動隊に所属していた1992年10月、文民警察官に応募し、
総理府の国際平和協力隊員に採用。10月14日、カンボジア入りしていた。
(引用元:http://www.mekong.ne.jp/directory/society/takada.htm)
大学は専修大学を卒業されています。そして卒業された同じ年4月に
高田さんの地元、岡山県にある岡山県警に入られています。
勤務先は、岡山東警察署や岡山にある井原警察署(いねばら)の警察署に勤務されます。
カンボジアには1992年10月に入られます。
当時、高田晴行さんは現地の子供とキャッチボールをしたり、
野球を教えたり・・・とカンボジアの子供たちを
とても可愛がっていたそうです。
それを聞くだけで
本当にいい警察官だったんだな~と
高田晴行さんの優しいお人柄や
子供たちと楽しそうに過ごされるイメージが
浮かんできますね。
そんな高田晴行さんが銃撃を受けたのは、
パトロールの巡回中でした。
ポルポト派と言われる武装ゲリラに襲撃されました。
ポルポト派の身元は、不明だそうです。
カンボジアPKOで殉職した警察官高田晴行さんの妻や子供は?
高田警部補は、妻(31歳)と長男(3歳)、次男(1歳)の4人家族。
(引用元:http://www.mekong.ne.jp/directory/society/takada.htm)
当時高田春行さんには奥様と2人の息子がおり、
4人家族だったようですね。
妻や子供もいらっしゃったんですね。
もうこのような悲惨な事件が起こってはほしくないですね。
カンボジアPKOで殉職した警察官高田晴行さんの家族は?
高田晴行さんの母親は高田幸子さんという方。2017年現在、幸子さんの年齢は84、5歳だと思われます。
息子・高田晴行さんの意志を受け継ぎ、
高田晴行スクールを建設されます。
文民警察官とは何?
そもそも文民警察官とはどういった意味なのでしょうか?調べてみると
国連が、治安情勢の悪化が予想される国や地域に、
選挙などに際して警察活動を目的として派遣する要員。
引用元:コトバンク
ということで、あまり治安の良くない国などに
警察活動を目的に派遣される警察官のことのようですね。
日本は1992年に75人の文民警察官が派遣されており、
高田晴行さんもこの75人のうちの一人です。
※日本以外にもも約40か国ほどから3000人派遣されていました。
そして高田晴行警察官が、殉職したことにより、
派遣要員の安全確保が問題になっているようです。
カンボジアPKOで殉職した警察官高田晴行さんのまとめ!
ということで今回はカンボジアPKOで殉職した警察官の高田晴行さんについて、
まとめてみました。
せっかくなのでコメント欄は意見場所などとして自由に使っていただいても大丈夫ですよ~^^
以前アンビリバボーで特集されたこの方の記事も面白いですよ